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世界一大きな絵をなぜ描こうと思ったのか?

  • 2025年8月6日
  • 読了時間: 3分

双杉旬太郎です。

今日は、なぜ世界一大きな絵を描こうと思ったのか、というテーマでつらつらと書いていこうと思います。僕自身も、文章にすることで改めて自分の「WHY(なぜ)」に向き合ってみたいと思います。


世界一大きな絵を描きたいと思った理由


「なぜ世界一大きな絵を描こうと思ったのか?」と問われたら、シンプルにこう答えます。

「大きな絵を描きたいと思ったから」 「どうせ描くなら世界一の大きさを描きたいと思ったから」

これ以外の理由はありません。

以前、壁画を描いたことがあって、その時、大きな絵を描くのがめちゃくちゃ楽しかったんです。その延長線上で、世界一の大きさを描いてみたいと思いました。

実際に、世界一大きな絵ってめちゃくちゃロマンがあるじゃないですか(笑)


どうやって完成させるのか、完成させられるのか、完成した後にどうなるのか。ぶっちゃけ何もイメージができませんでした。だからこそ、「描きたい」という衝動が強まったんだと思います。

ある程度どうなるか、やる前からイメージできてしまうものって、つまらないですよね。そして、たいていのことは、自分のイメージができる範囲内で意思決定をしてしまいがちです。

僕は、全くイメージできないこと、想像ができないことにワクワクしてしまう生き物なんだと思います。


子どもの頃の「好奇心」


ふと思い返せば、子どもの頃ってそんな感じで毎日「好奇心」に従って生きていたような記憶があります。「これをやったらどうなるんだろう?」「これをやりたい!だからやる!」みたいな、そんな「好奇心」「ワクワク感」「衝動」など、自分の内側から湧き出るもので意思決定をしていました。

それがいつしか、外部環境ありきで意思決定をし始めるようになった気がします。

「将来の役に立つか?」「お金が稼げるか?」「これをやってどんな意味があるか?」

そんなベクトルが主になったような感じです。

僕はもっと、自分の内面からあふれ出るような、抑えきれない衝動的な「欲求」に従って、創り出したいものを見極めるようにしています。


純粋な欲求に従う


「それが曇りのない、純粋で、自分らしい欲求かどうか?」

これを見極めるのが本当に難しいのですが(笑)。

「大きな絵を描きたい。だから大きな絵を描く」

そんな欲求こそ、僕が僕らしいと心の底から思える、純粋な欲求なんだと思っています。


最初は「社会のため、町のため、誰かのためにやる」という、他者ありきの欲求ではなかったため、それを言葉にすること自体に非常に抵抗がありました。


けれど、今はそれでいいと心の底から思えている気がします。

だって、そう自分が思っているんだから。それが一番の動機なんだと思います。


最後まで読んでいただきありがとうございました!





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